物理学者と素粒子好きのみなさんとの、ILC(リニアコライダー)にまつわる対話集。
好奇心のおもむくまま話はいろいろなことろに、飛んでいきます! はてさて、素粒子物理研究の一端をここで垣間見る見ることはできるのでしょうか?
▼はじめのごあいさつ
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広島大学准教授。スタンフォード線形加速器センターへて、広島大学へ。リニアコライダーでは「レーザーと電子ビーム」をキーワードに光子光子衝突や偏極陽電子源の開発を行っている。小学校のときは剣道場へ通い、中学・高校ではサッカー部だった。今でも週2回のスポーツジム通いは欠かさない。
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バレエ評論家。第4回・5回日本ダンス評論賞入賞。好きなものはバレエと猫。著書に『「星座」になった人 芥川龍之介次男・多加志の青春』(新潮社)がある。
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高エネルギー物理学実験を楽しんできたが、1年半前に KEKを定年退職して現在は名誉教授に。05年には木原元央氏と共著にて『リニアコライダー 素粒子の謎に挑む最強の加速器』(技術経済研究所)を刊行。
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カリフォルニア工科大学大学院に留学し、スタンフォード線形加速器センター、フェルミ研究所等で素粒子実験に携わる。ハーバード大学准教授、ハワイ大学教授を経て現在東北大学教授。ILCの物理と実験に関する国際組織のアジア代表を務めている。趣味は茶道、ピアノ、インラインスケートなど。
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2008年07月07日
山本様、皆様
山本さんが加わって、いきなり国際的な話題になりました。
それに有名人がたくさん登場しますね。
ところで、日本人では同級生のような
年齢も同じでごく親しい場合を除いて、
人の名前には “さん” などの敬称をつけます。
職業柄、私たちの周りでは“先生”も多いですね。
一方外国では、Mr. とか Dr. をつける方が珍しい。
私は 「 郷に入りては郷に従え 」ということで
外国人と話す時は、first name で呼び合うことが比較的多いです。
しかし、人によってはそうならさない方もいるようです。
ILC で活動している人達をみると、全く人それぞれです。
私はいい加減なので、その時々で適当にやっていますが。
山本さんは全く欧米流なのだと想像します。
最近は小学校でも英語の授業をやっていますが,私の娘の授業で,
“Good morning, Ms. 何々teacher”
とやっていると聞いたときは、目が点になりました。
これはどうにかしないといけないですが、
最近は モンスターペアレント が問題になっているし…。
日本でも敬称は気になります。
先ほども言いましたが “先生” は誰に対して付けるのでしょうか。
私が学生の時には、大学の教官を“さん”と呼んでいました。
広島に来たら、“先生” と呼ばれるようになりました。
これは、あまり気持ちよくない。
それに学生が大学の教員を “なんでも教えてくれる先生” と
考えているとしたら、それは良くないと思ったので
私たちの研究室では、あるときから “先生” は禁止、
“さん” にすることしました。今でもそれは続いています。
でも最近は教員同士で “先生” と呼ぶ機会が多くなりました。
これはいろいろな場面で意味合いが違うようです。
“さん” では少し慣れなれしいと思って “先生” と呼ぶこともあります。
でもその全く逆に “さん” だと他人行儀だし、
かといって呼び捨てにはできないので、
当たり障りのない “先生” をつけることもあります。
時々ある( いやよくある )のは、言いにくいことや、頼み事の時に
“先生お願いしますよ…”
と言う感じで使うこともあります。ああ~~難しい。
山本さんのワイバーグやグラショーとの交流の話から
いきなりこんな話になってしまいました。
ご了承ください、山本先生。
高橋徹より
2008年06月11日
映画の冒頭で、講義の場面がありました。講師曰く
「 今の宇宙で物質はたったの 4 %、残りの23 % はダークマター、
73 % はダークエネルギー。
ダークマターと、ダークエネルギーは正体不明、
つまり我々の宇宙の 96 % は正体不明なのだ。 」
これ、私( たぶん多くの物理屋 )が講義や講演で言っているのと
全く同じです。思わず苦笑いでした。
前半の部分で、宇宙の発展について討論する場面がありました。
その内容は、かなりよく作られていると感じました。
宇宙創生の瞬間(?)の話は無理があったのですが、
インフレーションから現在にいたるまで、よくできていました。
議論の内容も、現在の素粒子物理で解っていないことを
かなり的確に指摘しており、解ったふりをする大学院生と
問題点を的確に指摘する主人公という設定で
私も大変勉強になりました。
他の方がどう思われたか、興味のあるところです。
後半は、宇宙創生の方法を見いだした主人公の少女が
加速器を乗っ取ってそれを行おうとし、周りがそれを必死で阻止する
( 世界が消滅するかもしれないので )というサスペンスでした。
ただ、私には、そのサスペンス的な興奮が全く起こりませんでした。
映画を見ながら「 なぜか? 」と自問したのですが、
加速器をどのように運転しても何も起こらないと思って
見ているからですね。
映画の感想は次回として、とりあえず、印象でした。
高橋徹より
2008年06月09日
皆さま
『 神様のパズル 』を見てきました。
これから書くことには、映画の内容も含まれます。
まだ見ていない方は、ご注意ください。
大筋は、ある天才少女が宇宙を創成する方法を見いだして、
それを加速器を使って実現しようとするという話でした。
まず気がついたのは、場面設定とか言葉遣いでした。
映画では、大学生を "生徒" と読んでいました。
これは現実と違うな、、、という感じです。
私達は通常、中高生を生徒、大学生を学生と呼んで
明確に分けています。( ちなみに、小学校 ― 児童、幼稚園 - 園児 )
世間でも大学生を生徒と呼ぶのでしょうか、天満さんいかがですか。
さて KEK ですが、話の中の測定器として KEKB の測定器が
頻繁に登場します。
それに、測定器の横にある計測器室のことを
エレキハットと呼んでいました。
これは KEK を取材して知った言葉に違いありませんね。
この言葉が出てきたとき、思わず笑ってしまいました。
登場する加速器は「 むげん 」という名の新型加速器ですが、
背景にはスプリング 8 があったようです。
映画にたびたび登場した、実験室は放射光のビームラインでした。
かなり広いので、KEK - PF か、スプリング 8 だと思います。
私はどちらも入ったことがないので判別できませんでした。
高橋徹より
2008年05月31日
皆様
ノボシビルスクに居ます。
心配していたモスクワでの乗り継ぎも、スムースにできました。
総勢 5 名で行ったのですが、誰の荷物にもトラブルはありませんでした。
( 私は今回トラブルをさけるため、機内持ち込みだけにしていました )
でも、モスクワ空港では、預ける荷物を
ビニールでぐるぐる巻きにしている人がたくさんいました。
ガイドブックに書いてある通りです。
空港の設備も思ったほど悪くないし、
治安も少しずつよくなっているのでしょうが
まだまだ荷物の被害は多いということなのでしょうね。
さて、研究会が始まりました。
今、 2 日目の朝です。
私は昨日一つ講演をしました。
明日、もう一回します。
今回は、イギリスやアメリカの予算状況の影響で、
参加者が少なくなってしまいました。
そのため各講演に割り当てられた話が、長くなっています。
私も昨日 45 分、明日また 30 分です。
準備が大変です…。
ところで現地の参加者は少ないのですが
多くの人が Web 会議システムで、それぞれの本拠地から参加しています。
今日は全部で 17 の講演があるのですが、
そのうちなんと12 が web 会議による遠隔地からの講演です。
こうなると、わざわざ 24 時間かけてロシアにやってきた我々の方が
特別になってしまいます。
ネット社会の一面が垣間見えているようで、
面白いといえば面白いですね。
高橋徹より
2008年05月27日
皆様
今、モスクワ行きの飛行機の中です。
あと 2 時間でモスクワです。
そこからまた 4 時間くらいかけて、
ノボシビルスクというところへ行きます。
ナノビーム2008という国際研究会です。
3 年前に、京都で “ ナノビーム2005 ” という研究会が
あったのですが、今回はその続きです。
“ ナノビーム ”という言葉は、なじみが無いと思いますが
最近よく耳にする“ ナノテク ”ということばの“ ナノ ”
つまり1/10 億メートルと同じです。
リニアコライダーのビームは、電子と陽電子の衝突点で
数ナノメートルに絞るため、まさにナノビームです。
この技術開発についての議論が研究会の主題なのですが
リニアコライダーの最終収束系というよりも
ナノビームの方が、響きが良いですね。
ノボシビルスクには、「 ブドカー原子核物理学研究所 」という
ロシアでは有名な研究所があって、
リニアコライダーの開発研究も活発です。
私が 10 年以上連絡を取り合っている研究者で
昨年広島に来た方も、ここを本拠地にしています。
ノボシビルスクは、ロシアの真ん中くらいに位置しています。
日本からの直行便はないので、どこかを経由するしかありません。
最初は、北京経由を考えていました。
それだと、日本->北京が3時間くらい、
北京->ノボシビルスクが3時間くらいです。
でも、北京->ノボシビルスク間にうまいフライトがなく
結局モスクワ経由になったのでした。
私の場合,
広島―>成田―>モスクワ->ノボシビルスク
です。
成田->モスクワが 10 時間
モスクワで 5 時間待って、モスクワ->ノボシビルスクが 4 時間
方角的には一度モスクワまで行って、半分くらい戻ることになります。
広島を出てからノボシビルスクまで 24 時間です。
ガイドブックを見ると、モスクワ空港の乗り継ぎが分かりにくいとか
ロシア国内線では荷物が心配とか書かれています。
果たして無事に着くでしょうか…?
高橋徹より
2008年04月14日
理論と実験の話に戻りましょう。
理論物理学者とは、
つまり自然を記述する物語を書く作家や編集者でしょうか。
ただし、使う言語は数学です。
自然を記述しようとしたのですが、言葉そのものが舌足らずで
うまくいかないこともあります。
その場合、言語そのものを創り出さなければなりません。
力学を創るときに、微分積分学ができました。
今でもこの方面の最先端は、
数学なのか物理なのか見分けがつきません。
実験物理学者は材料を創り出して作家に提供したり、
作家の書いたストーリーの真偽を
実際に試したりすることになります。
ある時は起業家、ある時は経営者、従業員、発明家、役者
……いろいろな人がいます。
もちろんどちらも,物語を完成させることが目標ですが
仕事の内容や性格、適性もかなり違うようです。
作家でも、事業に乗り出したり、政治家になったりする人もいますし
本を書くのは作家だけではありません。(私たちも書きました!)
作家でも、事業に乗り出したり、政治家になったりする人もいますし
ですが、それぞれの仕事があまりにも
専門的知識と労を要するようになってしまったので
いつしか理論と実験という区別ができてしまいました。
でも私は、本当は実験とか理論とか区別するのは
好きではありません。
方法が違うだけで目指すところは同じ。
自然を記述する物語を完成させたいのですから。
高橋徹より
2008年04月10日
以前授業でこんな話をしたことがあります。
とてもおおざっぱな話なのですが、
“ 人間を解明すること ” を考えてみます。
対象 分野 表現方法(つまり上でいう言語)
人間の行動様式の解明 脳科学? 例えばMRIによる血流など
神経の活動 生物学/脳科学 神経電位など
神経細胞の動作原理 化学 化学反応式
分子や原子の成り立ち 物理 量子力学
こんな具合に、ちょっと強引ですが、
追求する対象が小さくなるほど、
使う言語が数学に近くなっていると考えられます。
( もっとも情報学とか統計学のように
化学のなかにも量子化学という分野もありますから
これは一つの見方です。
それに、脳の場合は、主体と客体が明確に分離できないので
話が複雑になります。それはそれで面白いのですが。)
ということで、物質の究極の成り立ちを表す方法が
高度な数学になるのは、自然な成り行きと考えることができます。
高橋徹より
2008年04月06日
皆様
先月の 23 日から 26 日まで「 物理学会 」に行ってきました。
宿泊したホテルのネットワーク環境があまりよくなくて、
メールもままならない状況でした。
今回と前回の学会は素粒子実験領域の世話人ということで
プログラムを作ったり、会期中は全セッションで進行を見守ったりと
大忙しでした。
その話はまた別の機会に…。
さて、理論物理について、どのように返事しようかと考えていたのですが
そもそも理論物理とか、実験物理って何だろうと思い始めました。
そんなことを考えていたら、
「 そもそも物理って何だっけ? 」
などという、根本的なことを考え始めてしまいました。
またまたとりとめのない長い話になりそうなのですが、書いてみます。
物理学というのは結局、
「 自然現象はこのように起こっているのだよ 」
ということを記述するのが目的だと思います。
記憶が曖昧なのですが
「 物理学とは自然を記述することだ 」
と昔の高名な方が言っていたと思います。
よく自然を解明するという表現を使いますが
解明するというのは、記述するということだ、ということです。
( ここを間違えると、似非科学にひっかかります。 )
でも、この記述するとうのがクセ者です。
物理学で記述するというのは、誰が読んでも曖昧なく理解できるように
客観的に記述すると言う意味です。
そのためには、使う言語もそれに適したものである必要があります。
我々が持っている最も客観的な言語=数学です。
つまり物理学というのは,自然現象を数学で表したらどうなるか
ということが本質であると思います。
高橋徹より
2008年03月11日
皆様
これは、日本の英語教育と似た状況だと思っています。
中学校から高校まで 6 年間も英語を習っているのに
日本人は英語ができないと言われます。
私に言わせると、日本人の大半は英語を使えなくても
十分に幸せに行けていけることがその原因です。
日本が世界でも有数の豊かな国であるのは、やはり本当でしょう。
日本語は世界のごく一部でしか通じませんが、
それでも多くの人が、何不自由無く暮らして行けることは事実です。
たまに行く海外旅行や趣味のときだけに
英語が必要な人が多数だとしたら
日本人が英語をできなくても当然ではないでしょうか。
私の場合も、受験英語だけでは、ほとんど何もできませんでした。
英文を読んで中身を理解するということが、少し理解できたのは
英語のテキストの論文を読まなければならなくなってから。
英語でコミュニケーションができるようになったのは
アメリカに行ってからでした。すべて必要に迫られてからです。
もちろん、だからお手上げ、ですませて良いということでは
ないと思います。
将来のことを考えると、
今の暮らしを支えて、かつ発展させるためには
理科の知識が必要な人は、増えざるを得ないのではないでしょうか。
それに否応なし地球は小さくなっています。
英語で外国の人とコミュニケーションをしなければならない人も
増えざるを得ないでしょうね。
( ある人によると、これは外国文化に適応するということなので,
日本人として幸せなことかどうかは、“?”だそうです。 )
> でも最近は、入試科目の適正化が意識されてきたようですね。それに、
> 大学が科学を社会に伝えようと努力しているようです。
> マスコミの努力も目につきます。全国紙、地方紙ともに、
> 科学欄がずっと充実してきています
> 漢方薬のようにじわっと効いてくるでしょう。
大学がどのようにしていけばよいか、解答は直ぐには出ないし
また最良の解がひとつということはないと思います。
「 漢方薬のようにじわっと効く 」という岩田さんのお考えに全く同感です。
理科も英語も“ これからの教育は漢方薬 ”かな?
高橋 徹より
2008年03月04日
岩田様
私がこの話題について話し( 書き )始めると
まとまりのない話を延々と続けてしまいそうです。
( 一応現役の大学教員ですので )
そうならないように,岩田さんのメッセージの一部分について
返事をしてみようと思います。
> 理科から離れても生きていきやすくなったからでしょうか?
この側面は大きいと思っています。
一言でいうと、世の中が非常に
多様化しているということではないでしょうか。
昔よりはるかに、いろいろなものがあります。
テレビゲーム、インターネット等々。
( 否定的な意味ではありません。私はこのようなものが大好きです。
今日もこれから娘とWiiで勝負です。 )
インターネットとかテレビーゲームは高度な情報機器ですので
これを作り上げるためには、高度な理系の知識が
必要なことは言うまでもありません。
でもできてしまったものは、小学校 1 年生の私の娘でも、
何の支障もなく使うことができるのです。
これもポイントでしょうね。
結局、世の中が多様化して人々の興味が分散した。
高度な技術によって、逆に理科の知識が必要ない場面が増えた
ということが理科離れの一因でないか、と思っています。
ひとことで言うと、生きていくため理科なんか必要無い
ということでしょう。
高橋 徹より
2008年02月22日
皆様
大学では,卒業論文と修士論文が終わって
一息ついているところです。
( 物理関連の学科で卒業論文提出を、という正式なスタイルを
採用しているところは少数です。
広島大学は少ないうちのひとつです。 )
でも、受験生はこれからが本番ですね。
多くの国立大学は 2 月 25 日が前期試験です。
毎日寒い日がつづいています。
受験生の皆さんが体調を崩さないことを祈っています。
ちなみに広島大学のある、東広島市の 2 月 19 日 の
最低気温は氷点下 6.8 度でした。
ここは標高 250m の盆地なので、とても寒いのです。
毎年この時期になると、受験の競争率が話題になります。
受験生の皆さんにとっては,競争率は低い方が良いのでしょうが
大学の教員側にとっては,これは人気のバロメータです。
競争率が高いということは、
多くの高校生が物理に興味をもっているということです。
( 我々にとって )身近な問題は、
優秀な学生にたくさん来てもらう ということです.、
が、長い目でみると、次世代の科学の担い手ということになります。
先日もある会合で、どうやって若い世代に物理( 学科 )の魅力を
アピールしていくか、ということが話題になりました。
広報活動の重要性は皆認識しているのですが
労力も予算もかかるので、具体的な行動はなかなか難しいのですが
大学も教育や研究と同じくらい広報活動を重視する時代が
来たのでしょうか。
そういう意味で,この HP や往復書簡は、時流に乗っているのかも
しれません。この往復書簡を読んで下さった方が、
少しでも物理( もっと広く科学 )に興味をもってくれると良いですね。
高橋 徹より
2008年02月07日
天満様
出張でパリに向かう飛行機の中です。
広島から成田経由で、成田から 12 時間 30 分のフライトです。
あと 3 時間半。さすがにヨーロッパは遠いです。
普通はメールやテレビ会議で打ち合わせを行っていますが、
年に数回は、顔を合わせて話をします。
テレビ会議がいくら便利でも、
やっぱり実際に会うことは、重要なようです。
こればかりは避けられないのでしょうか。
それとも、テレビ会議でも本当の会議室で会っているような
バーチャルリアリティーの世界を作れば
会わなくてもよくなるのでしょうか。
リニアコライダーも、セカンドライフの中に作って実験を始めますか?
回数が減っても、やっぱり面と向かって会うのは必要でしょうね。
ところで、初デートで「 マックスウェルの悪魔の話 」をしてしまう話、
似たような話は本当にありそうですね。
( ところで「 マックスウェルの悪魔の話 」は、
また別の機会にしましょうか。
「 情報と統計物理 」みたいな話を昔かじったので、、、
おっと、いきなりこんな話をしてしまうところをみると、
私も初デートで物理の話をする素養はあるようです。 )
横道にそれてしまいました。
私はどちらかというと、物理以外の一般の人と話すときに、
千田くんのような感じになるのを避けるようにしています。
物理屋であるのを隠すという意味ではありませんが、
あまり自分の世界に熱中して、
相手が引いてしまわないように考えています。
でも最近は、研究者が熱く語ることも、パブリックアウトリーチの
重要な側面であると考えるようになってきました。
あまり自分の世界に入り込んでもいけなし、
熱意を伝えることも大切だし。
バランスが難しいですね。
高橋 徹より
2008年01月17日
ところで、皆さんは考え事をしたり、考えをまとめたりするときは
どうしていますか?
湯川学のように数式を書きまくる人は、少ないでしょうね。
自分のことを考えてみました。
私が大学のオフィスにいるときに、やっていることを大きく分けると、
1)パソコンに向かって何か書いている。
2)パソコンの画面を見ている。
3)紙に向かって何か書いている
(紙に文章は書かないので、たいてい計算しています)
4)机に脚を上げ、椅子にふんぞり返って目をつぶっている
なんてことになるでしょう。
私を訪ねて来る人の様子を見ると、
1) や2)の、PC に向かって何かやっている時が
一番声をかけ辛いように見受けられます。
4)は居眠りしているとしか思えないので
気軽に声をかけることができるようです。
実際「 おくつろぎのところ、済みません 」と言って
入ってこられた方もいました。
( 私の部屋のドアは、いつも開けてあるので、
外からどうしているのか分かります。 )
実際はどうでしょうか。
1)-4)と大雑把に言っても、そのときにやっていることは、
いつも違うのですが……。
声をかけられたりして中断されると困るのは
4)であることが多いです。
結構真剣に、考え事をしている時があるのです。
(本当に居眠りしている時もあるので、いつもそうではありません)
PC に向かって文章を書いているときは、確かに文章を考えていますが、
中断することは、それほど困難ではありません。
つまり声をかけられたりして中断されると影響を受けるのは
4)、3)、2)、1)の順番なのです。
見かけとは逆です。
同じようなことが他にも。
ソファに座ってテレビをボーッと見ているのですが、
頭の中は全く別のことを考えているとか、、、これを運転中にやると
ちょっと危ない。
道を間違えるくらいならいいですけど。
気を付けなければいけませんね。
みなさんはどうですか?
高橋徹より
2008年01月13日
皆様
あけましておめでとうござまいます。
本年もよろしくお願いします。
「 ガリレオ 」は結構人気があったようです。
火曜日の授業のとき、「 昨日のガリレオ見た? 」という話し声が
学生の間から聞こえてきました。
私は数回見たのですが、残念ながら最終回を見逃してしまいました。
番組を見ていて、まず面白いと思ったのは、
福山雅治演じる湯川学の、居室兼実験室のような部屋でした。
実験室と居室は分かれているのが普通でしょうか?
特に物理ではそうですね。
化学の場合、実験道具に囲まれた中に、
学生が机を並べているところが結構見受けられますが。
その他にも、あの部屋の黒板に書いている数式は、毎回楽しみでした。
私には、何の式か分からないこともよくありました。
湯川先生の専門は、何なのでしょうか?
素粒子物理ではないようです。
数式といえば、ずいぶん前になりますが、
テレビCMで 100 人以上の学生が聞いている大講義室での講義の場面が
使われていました。
そこで講師役が黒板に書いている内容が
なんと大学院でやるような量子電磁気学でした。
普通は多くても 10 名とか 20 名が相手です。
大講義室でこれをやる大学はないだろうな、、、なんて思いながら
見ていました。
さて、話が「 ガリレオ 」に戻ります。
いつもドラマのクライマックスで、湯川学が数式を書きなぐりながら
事件の謎を解き明かす場面がありました。
どこかで読んだ雑誌には、あれは計算することが重要なのではなくて、
湯川学が考えをまとめる時の癖という設定だ、と書いてありました。
まあ、実際問題として、共鳴の問題を解くのに
F = ma から始めてどうなるものでもないので、( たまたま見た回がそうでした )
設定は妥当でしょう。
高橋徹より
2007年12月28日
皆様
最近はあまり小説を読まなくなりました。
昔は良く読んでいたし、アメリカにいた頃は、
紀伊国屋へ行って日本の倍近い値段で
買っていたように記憶しています。
余裕が無い生活を送っているのでしょうか、、、
そういえば KEK で岩田さんの部屋を訪ねた時に、
机の上にペーパーバックが置いてあったのを覚えています。
ところで先週( 12 月 12-14 日 )広島大で研究会を開きました。
リニアコライダーから少し範囲を広げて、
この手の研究会では
あまり顔を合わさない方々にも来てもらって、話を聞きました。
私は、主催者側で
裏方の仕事で走り回っていたため、
せっかく来てもらった方と話をする時間があまりなかったのですが、
他の皆さんは活発に議論をしていように見受けられました。
広島まで来ることができなかった数名の人には、
WebEX という遠隔会議システムを使って、講演をしてもらいました。
時差があるので、日米欧同時参加というのは無理でしたが、
アメリカからは日本時間の朝、
ヨーロッパからは夕方に時間を配分して
何とかうまくいきました。
この種の研究会につきもののバンケットは、市内の酒蔵で、
西条名物の “美酒鍋(びしょなべ)” にしました。
酒造所の見学もついていたのですが、
好奇心の塊のような物理屋の集まりですので、
質問がとぎれず、予定を大幅に超えた時間がかかりました。
鍋料理ということで少し心配していたのですが、
外国からの参加者にも楽しんでもらえたようです。
研究会の翌日は、外国からのお客さんと宮島へ行ってきました。
ヨーロッパからの方でしたが、
内部が外界と全く別世界として造ってあるキリスト教の教会と
周りの自然と一体となった厳島神社の違いが
非常に興味深いとのことでした。
研究会の翌週は KEK 出張( 前の週も KEK でした )、
来週あと1日、日帰りで東京です。
学会の世話人もやっているので
10 月~ 11 月ころは、12 月のスケジュールを乗り切れるかどうか
我ながら心配していのですが、なんとか山は越えたようです。
年末年始はゆっくりできそうだと、ホッとしています。
高橋徹より
2007年12月02日
岩田様
私が北京に初めて行ったのは 10 年ほど前、
精華大学でリニアコライダ-の会合があった時でした。
北京空港からの行き帰りの車では、
岩田さんと同乗したと記憶しています。
すごい渋滞の中を、クラクションを鳴らしながら進んで行きました。
岩田さんが「 彼らはクラクションで会話をしているんだ。 」
と言っていたのが、印象に残っています。
10 年後の今回は会話する程では無くなっていましたが、
それでも日本に比べると大変な騒々しさです。
会議の間中、町はどんよりと霞んでいました。
原因はスモッグのようです。
まだ本格的な冬ではなかったのですが、
今は車の排気ガスで霞んでいます。
3 日間の会期中はホテルから歩いていたのですが、
この空気の中を、毎日は続けられない、と思っていました。
やはり人口が多いというのはすごいことですね。
高橋徹 より
2007年11月17日
皆様
ところで…。
明日、18日の「加速器の夜」には、顔を出すことにしました。
運良く?別の用もあったので決断しました。
前回は夜の 11 時まで盛り上がっていました。
今度は、どんな会になるのでしょうか?
岩田さんの記事が載った「 山梨日日新聞 」のコピーを
持って行くことにしましょう。
帰ってきたら報告します。
高橋 徹より
2007年11月15日
皆様
加速器の夜は、「 行ってみようかな 」と考えているのですが、
スケジュール等の関係でまだ決断していません。
もし行ったら報告します。
ところで、リニアコライダーの研究会で、
北京に行ってきました。
北京郊外の「 中国科学院高能物理研究所 」というところです。
( 漢字でかけるので良いですね。 )
北京は、2004 年のリニアコライダーの技術選択、
今年の 2 月の基準設計など、たった数年の ILC の歴史の中で
2 回も重要な発表があった、因縁?の地です。
研究会は 3 日間。
アジアの ILC 研究を盛り上げるための会合という感じでした。
私は研究所から歩いて 20 分程のホテルに泊まり、
毎日歩いて通いました。
10 年ぶりの北京だったのですが、空港は新しくなっていました。
米国が本拠地の有名コーヒー店があるし、地下鉄はできている。
研究所近くの道路も拡幅工事の真っ最中で、
来年のオリンピックにむけて、急ピッチで開発が進んでいました。
10 年前とは別世界の近代都市という雰囲気もあります。
でも研究所の近くの大通りでは、
交通ルールがあるのか無いのか分からないような
交通渋滞とクラクションの嵐…。
人と自転車の多さは、昔と変わらないな、、、と感じていました。
ところが、研究会が終わった後、
地下鉄で北京の中心街に行ってみたら、びっくり!
研究所から地下鉄一本で 10 kmほどしか離れていないのですが、
警察官が交差点で交通整理をして、車が整然と走っているのです。
オリンピックに向けて、国を挙げて準備しているということを
実感しました。
後 1 年で、これが中心街からどのくらい広がっていくのか
楽しみでもあり、古い北京が無くなっていくのが残念な感じもします。
高橋 徹より
2007年11月01日
皆様
以前「社会科見学に行こう」
http://kengaku.org/
という団体を紹介しましたが、
11月18日に、「見学ナイト 6 加速器の夜」
が開催されるそうです。
なんと 16 時から 22 時まで 6 時間にわたり
加速器や素粒子物理について
飲んで話をする会です。
私は今のところ行く予定はないのですが
楽しい会になりそうです。
前にも言いましたが、日曜日の昼から深夜まで
加速器の話を聴きに多くの人が集まるなんて
すごいですね。
それから,この団体の web で私たちの本や
物理屋往復書簡紹介してくれています。
参加された方から感想などを聞けると面白いですね。
参加できるとタイムリーなんですけど、、、
岩田さんいかがですか?
高橋徹より
2007年10月18日
皆様
3人で書いた本、「 ビッグバンをつくりだせ 新型加速器
リニアコライダーが宇宙誕生の瞬間に迫る 」( プレアデス出版 )が
今月ようやく出版されました。
この本を書くことになったきっかけは、この往復書簡でしたね。
本の “ あとがき ” にも書いたのですが、そもそもの発端は、
天満さんが「 ILCについて解説したものを紹介してほしい 」
と言われたことでした。
適当なものがなく、唯一浮かぶのは岩田さんが書かれた
「 リニアコライダー 素粒子の謎に挑む最強の加速器 」ですが
ちょっと高価で、内容も専門的でした。
そんな話をしているうちに
「 それなら自分たちで書いてしまおう 」
という話になったのでした。
「 私が一人で書くのは大変だ、岩田さんにもお願いしよう 」
「 専門外の方が対象なので、天満さんにも著者として入ってもらおう 」
ということで、とにかく執筆を始めました。
書き始めたのが、昨年( 2006年 )の春頃でしたから
1年半かかったことになります。
その間いろいろありましたが、それは後にして、、、
そもそもこの本の目的
「 天満さんのような “ 素粒子・宇宙大好きな一般の方 ” に
ILCを分かりやすく紹介する 」
ことは、どのくらい達成できたのでしょう?
天満さんに聞きたいところですが、
天満さんは、もう普通の素粒子・宇宙ファンの域ではないでしょうか?!?!
高橋徹より
2007年10月03日
皆様
物理屋往復書簡が始まって、今日でちょうど1年になります。
なんとかとぎれずに続いてきましたね。
この1年、どんなことを話してきたのだろう?
と思って、以前のページを見ようと思ったのですが
思いの外、量が貯まっていて
全部読み返すのはやめにしました。
でも最近は、日常の出来事やニュース等を元にした話題が
多くなってきているような気がしています。
まあ、いつもILCや素粒子物理の話ばかりしていても
息切れしそうですけど。
でも、せっかくの “ 物理屋往復書簡 ” です。
これからも楽しい物理の話題を続けていきましょう。
高橋徹より
2007年09月19日
天満様
私も芸予地震は良く覚えています。
大学にいたのですが、パソコンのディスプレイが
机の上でカタカタと揺れていました。
直ぐに自宅に電話して、何事もなかったことを確認してから
帰宅しました。
電話が混み合うよりも一瞬早かったようです。
あと数分遅れたら、電話は使えなかったでしょう。
私が体験した最も大きな地震は、1989 年 10 月のサンフランシスコ地震です。
ロマプリータ地震( Loma Prieta Earthquake、ちなみに外国人には
ロマ プリエータ < エにアクセント> と言わないと通じません )
という名がついています。
スタンフォード線形加速器センター( SLAC )に着任した直後で、
アパートを探すために車で走っていました。
大きな揺れを感じたので、パンクしたのかと思って直ぐに止まったのですが、
揺れが収まりません。
それで地震だと気がつきました。
まだ生活にも英語にも慣れていなかったので、どの程度の地震かよくわからず
24 時間近く経った後アメリカで放送された前日のNHKニュースを見て、
やっと理解できたと記憶しています。
SLAC の建物も加速器も耐震構造だったため、
被害はほとんどありませんでした。
( スタンフォード大学では,石作りの建物に被害がでて
完全復帰に数年かかりました。 )
でも、SLC( SLACの 3 kmの線形加速器 )の一部は
小さな断層にかかっていて、そこは 1 cm くらいずれたそうです。
ILC は事前に精密な地質調査も行いますし、
揺れても直ぐに再調整できるように設計されます。
高橋徹より
2007年09月08日
皆様
前回 SETI@HOME の話をしました。
私も数年前やっていたのですが
久しぶりにこの HP を覗いてみました。
世の発展はすごいですね。
SETI だけでなく、とてもたくさんのプロジェクトが
ネットを通してパソコンで動くようになっていました。
BONIC という分散コンピューティングの枠組みが
開発されているそうです。
みたところ,バイオ系のシミュレーションが多かったのですが,
その中に LHC@HOME というのを見つけました。
LHC加速器の中を走る陽子の軌道を計算するんだって。
前回
『 Search for New Particles at HOME の時代もくるのかな、、、 』
なんて書きましたが。
「 くるのかな、、、 」という時代ではないようです。
高橋徹より
2007年09月04日
でも,新しい試みも始まっています。
B - Labというのは聞いたことがありますか?
KEK で行われている B ファクトリー実験の
データの一部を公開して
外部の方に、素粒子の探索をしてもらおうというものです。
主な対象は、高校生ということです。
私も大学 2 年生の諸君にこれに挑戦してもらっていす。
まだ始めたばかりですが,とても良くできたプログラムで,
高校生でも少し勉強すれば、新粒子探索ができそうです。
これは教育的な要素が強いですが、それでも面白い試みですね。
そういえば,天文の世界では、SETI@HOME
( Search for Extraterrestrial - Intelligence at HOME、
お家で探す地球外知性? )
というのがあります。
プエルトリコのアレシボ電波天文台で、
宇宙から来た電波を受信して、その中に
知的生命が送信したような信号がないか、探しているのですが
そのデータ解析には、とってもたくさんの計算が必要なのです。
で、どうしたかというと、
パソコン上で動く解析プログラムを web 上で公開して
これを一般の人のパソコンにインストールしてもらうように
したのです。
このプログラムは、スクリーンセーバーとして動くように
なっています。
つまり、パソコンのスイッチを入れておけば、
使っていない時には、かってに宇宙人探索をやるんです。
データは SETI 本部からインターネットで自動的に取得し
解析結果も自動的に送り返すようになっています。
面白いですね。
私も以前やっていたことがあります。
( 飽きてしまったので、今は止めていますが 、)
Search for New Particles at HOME の時代もくるのかな、、、
話がそれてしまいました。
高橋徹より
2007年08月31日
天満様
返事ありがとうございます。
ブライアン・メイ氏は宇宙に関する著書もあるのですね。
そういう意味では、私が前のメールで言った
基礎訓練にあたる部分は、
若い頃十分に行った方なのでしょう。
それにしても、研究の世界から長い間離れていた人が、
博士論文を書くというのは
素粒子実験分野では聞いたことがありません。
天満さんの言われるように、web に代表される
インターネットの発達によって、
世界中の人が情報を共有できるようになりました。
( そもそも、そのために、素粒子実験屋が web を作ったのでした。。。 )
ですが、だからと言って、
素粒子実験でブライアン・メイ氏のような例が出るには
まだハードルがあるのではないかと思います。
素粒子実験では、実験データはその実験を行った
実験グループのものです。
データそのものが、公開されることはありません。
公開されるのは、データを解析してでてきた物理の結果です。
実験で取ったデータそのものを
外部に公開することは、普通ありません。
実験データの処理するためには
実験装置や加速器のことを良く理解しておく必要があるので、
外部の人がこれを行うのは非常に困難ですし、
思わぬ間違いをする危険性があります。
高橋徹より
2007年08月19日
皆様
朝日新聞にクイーンのギタリスト、ブライアン・メイ氏が
天文学の博士論文をロンドンのインペリアル・カレッジに
提出したという記事が載っていました。
http://www.asahi.com/science/update/0804/TKY200708040210.html
私達の年代(かなり幅広い年代にわたると思いますが)には、
クイーンという名前になにか特別なものを感じる人も
多いのではないでしょうか。
そのメンバーが、博士論文を書くほど天文学を指向していたなんて、、、
ブライアン・メイ氏の努力と才能には驚くばかりですが、
別のことが頭に浮かびました。
素粒子実験の世界では、すべてのプロジェクトは
多くの人による共同研究で、研究者それぞれが
何らかの形で、研究に寄与することが共同研究の条件です。
その中で、博士候補は研究の原動力という位置づけが
一般的です。
彼/彼女らが昼夜を問わず努力して実験を支え、
そのデータで博士論文を書く、というのが通常です。
これには若いというのが必須の条件ですね。
自分のことを考えても、あの当時の体力はもうありません。
今、大学院にも社会人入学枠というのがあるのですが、
私はこれは別の分野の話だと考えていました。
社会人の方が、若い大学院生と同じように
研究の原動力となるのは無理なのはもちろんです。
でも、これに関しては、別のやり方で研究に寄与して
成果を上げることも可能だと思います。
(パブリックアウトリーチをやれば、大きな寄与ですよね)
しかし、ある程度年齢を重ねた人が、
大学院レベルの素粒子物理学
(物理学の理論もあれば、測定器に関する技術や物理もあります)を
基礎から学びことができるだろうか、というのが疑問です。
以前、脳の話のところでも出ましたが、
勉強も基礎訓練が重要です。
特に物理や数学といった分野で重要ですが、
これは若い脳であればあるほどうまくいきます。
この意味で、大学院の社会人入学は、
素粒子実験には合わないと考えていました。
今回、天文学というお隣の分野で、
長い間音楽をやってた方が博士論文を書いたと聞いて、
一体どうやったのだろう、
私達の分野でも、こんなことが可能なのだろうか。
可能だとしたら、その可能性を開拓するべきなのではないだろうか。
などということを考えました。
どう思いますか?
高橋徹より
2007年08月14日
KEKの藤本順平さん(「 加速器の夜 」に私を呼んでいただいた方)
から返事をいただきました。ご本人の承諾のもとに掲載します。
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高橋様
高エネの藤本です。
先日は、新宿でありがとうございました。
主催者側発表によりますと、来場者は過去最高
( といっても 3 回目ですが )の 87 名。
ジワジワと「 加速器の夜 」の認知度もあがっているのかな、
という感想をもちました。
第一部の高橋さんの放射線の話が
面白かったというアンケートの結果もいただいています。
私たちは、加速器を使うのが商売なので、
ともすれば普通の機械と思ってしまうのですが、
こういったところで話させていただくと、
いかに加速器が知られていないかが分かります。
加速器というと、「 サイボーグ009 の加速装置? 」
と聞かれることがあります。
( 若い人はサイボーグ009をご存知ないかも、、、 )
また、地下の巨大トンネルに何キロにもわたって装置が置かれており、
それで宇宙の始まりを再現して研究しているのだということに
目をまん丸くされます。
実は先日の日曜日( 8 月 5 日 )に
「 見学ナイト 3 おさらい KEK 見学会」ということで、
新宿に来ていただいた方に、実際に加速器を見ていただく会を催しました。
例により、大森さんにお手伝いをお願いして、
B ファクトリーの線形入射器、ATF、STF、陽子前段加速器を見学し、
最後に皆さんに霧箱を手作りしていただきました。
総勢 40 名の大所帯でした。
見学会の最後にいろいろな加速器関連サイトを紹介しました。
KEK はもちろん、やはり CERN は欠かせないということでCERN。
特に「 天使と悪魔 」に関連した質疑応答のページには
皆さん大笑いでした。
また、この「 物理屋往復書簡 」も紹介させていただきました。
「 社会科見学に行こう 」の会員には、
ネットを自在に使われている方々や、
メディア関係者がおられます。
現在あるファミコン( ちょっと古い表現? )上で
「 社会科見学に行こうゲーム 」が企画されており、
その中の見学場所のひとつとして
KEK が登場するともお聞きしました。
詳細がわかりましたら、またご連絡いたします。
まったく別件ですが、「 神様のパズル 」(機本伸治著 角川春樹事務所)
http://www.kadokawaharuki.co.jp/book/detail/detail.php?no=1038は
やはり映画化が進んでいるという情報ももらいました。
あの話は、 ILC から日本は離脱して
独自路線を行くというシナリオなのですが、
「 加速器 」の存在を皆さんに知っていただく
よいチャンスになると思い、期待しています。
藤本順平より
2007年08月09日
皆様
ちょっと古い話ですが、 6 月 30 日、 7 月 1 日と二日続けて
一般の人向けに、講演と実演をしました。
30 日は、広島市こども文化科学館でやっている
湯川・朝永生誕 100 年記念展の催しでした。
身の回りの 「 放射線を見てみよう 」 ということで、霧箱を使って
空気中のラドンの飛跡を見たりしました。
霧箱の話は、小柴先生の講演会のときにしましたよね。
今回は、うまくいきました。
全2 回講演だったのですが、2 回目は、天満さんにも来ていただきました。
実はその 2 回目には、私の家族もいたのです。
家族がいると、とてもやりにくい。
いつもとちょっと調子が違っていたのですが、分かりましたか?
7 月 1 日は、新宿歌舞伎町のパブ( ? のようなところ )で
飲みながら加速器や物理の話をするという、不思議な会でした。
「 社会科見学に行こう 」
http://kengaku.org/
という団体があって、
積極的に、いろいろなところを見学しているそうなのですが、
KEK も “ お気に入り ” のひとつ、ということです。
今回はその夜の部、 “ 見学ナイトvol5 加速器の夜 ~第三夜 ”
日曜日の夜というのに、何十人もの参加者が集まって、
前の壇上に主催者の方々……
そこに大森さん、山下さん、藤本さん、加藤さん( 工学院大の方です )、
私が並んで座って、飲んだり食べたりしながら話をするのです。
いきなり、「 物理屋往復書簡 」 の高橋さんなんて紹介されて、びっくり!!!
うまく話をしたのかどうかわかりませんが、
さりげなく?私達の本と、天満さんの最新刊を宣伝しておきました。
それにしても、日曜日の夜というのに、遅くまで
何十人の人たちが、加速器とか素粒子の話で盛り上がるなんて、、、
「 素粒子も捨てたものではない? 」と思いました。
高橋徹より
2007年07月18日
皆様
自己レスです。
前のメールに書いたことで、
朝永さんの書簡の「仙台」は1933年4月の日本数理物理学会なのか
ということが気になりました。
Webで検索すると,湯川秀樹を研究する市民の会
http://www.geocities.jp/sci_museum_saito/
というみなさんが、かなり湯川さんのことを調べていることが
分かったので、いきなりなのですが、その方々に
メールを書いて問い合わせてみました。
そしたら,丁寧なお返事をいただいただけでなく、
彼らの間で議論をしてくれて、webに
まとめて下さいました。
http://wiki.yukawa100.org/index.php?%C3%E6%B4%D6%BB%D2%CF%C0%A4%CE%CB%A8%B2%EA%A1%A21933%C7%AF%BD%D5%A4%CE%B3%D8%B2%F1
やはり
朝永書簡の「仙台」は、1933年4月の
日本数理物理学会のことのようです。
この学会では
中性子と陽子の散乱のポテンシャルの形がでている。
「けったいな粒子」という表現で
核力を担う粒子という話がでている。
などなど,まさに中間子論前夜
(今の目からみればすでに夜明け )です。
それにしても、
当時の核力に関する世界の素粒子物理学者の状況は、
非常に興味深いものがあります。
ここから中間子論の論文まで
1 年以上かかっているのですから。
高橋徹より
2007年07月17日
皆様
湯川・朝永展にある朝永さんから湯川さんへの書簡ですが
もう少し調べてみました。
朝永書簡の中にあるポテンシャルなのですが、正確には
「Ae(-λr)/r としたのは仙台でやりました」
と書いています。
この「仙台」は、1933 年 4 月の
東北大学の日本数理物理学会のこと
を指していると思われます。
この学会には湯川さんも出席し、
彼の初めて学会講演を行っています。
「仙台でやりました」というのは、
朝永さんが彼がこれに関する講演を
学会で行ったということのようです。
そうすると「仙台でやりました」という表現も
しっくりきます。
ところで,湯川さんの学会講演の内容は
「核力を担うものとして電子の可能性を議論し
それを否定的な結果を得た」というものです。
( 専門的にいうと電子はフェルミ統計に従う粒子だから
ダメでした。
このときに、
ボーズ統計に従う電子のようなものを考える必要性を、
仁科博士が指摘したという話も残っています。
すごい!)
朝永さんの著書“ 学問する姿勢 ”の
「 中間子論が出たころの思い出 」には、
東北大学の学会で、
湯川が彼の考えを棒で地面に書いて説明しながら,
「 強い力の説明はできたが、けったいな粒子が出てくるわ 」
といったとの記述があります。
繰り返しですが,
この話は、1933 年、中間子論の1年以上前なのです。
( 湯川さんが中間子の着想を得たのは1934年10月というのが
本人の回想にもあります。 )
湯川さんだけでなく、朝永さんも中間子論まで
あと一歩だったのかもしれません。
高橋徹より
2007年07月11日
皆様
広島市こども文化科学館で行われている
湯川・朝永生誕 100 年記念展に行ってきました。
今回の展覧会の目玉として、朝永さんが湯川さんに送った
直筆の手紙が展示されているのですが、
とても興味深いものだったのでの紹介します。
天満様、ちょっと専門的になります。
岩田さんはご存じでしたか?
湯川さんというのはとても几帳面な方で、
中間子論の研究資料をまとめて保管していたそうです。
今回、その中から朝永さんが湯川さんへ送った手紙が
展示されていました。
この手紙の存在は知られていたようですが、
展覧会などで公開されるのは、初めてとのことです。
この手紙は1933年( 夏前のようです )に
朝永さんが湯川さんに送ったもので、
中性子と陽子の散乱に関する研究の状況を
知らせたものでした。
手紙と言っても,物理のレポートのようなものです。
今、私たちはメールや WEB 研究の情報交換を
していますが、当時は手書きの手紙だったのです。
大変ですね。
物理では、物質と物質の相互作用を表すときに、
よく「 ポテンシャル 」という表現を使います。
このポテンシャルがどんなものかというのが、
相互作用の性質を決めるのです。
中間子論に関していうと、
「 原子核の中で中性子や陽子を結びつけている
核力のポテンシャルがどうなっているか 」
ということです。
ところが,朝永さんの書簡の中に、
中性子と陽子の散乱のポテンシャルについて
「 仙台でやりました 」とのコメントとともに、
これで良いようだという式が示してありました。
この式というのが、後に湯川ポテンシャルとして知られる
“ パイ中間子のつくるポテンシャルの形そのまま ”
なのです。
湯川の中間子論の論文は1934年ですから、その前年です。
びっくり!
中間子論から 50 年以上も経ってから
素粒子物理を学んだ私にとっては、
この朝永さんの手紙は、中間子論そのものに
見えてしまいます。
思いもよらず、興奮の 1 日でした。
高橋徹より
2007年07月07日
天満様
岩田様、正しいでしょうか?
> ベガ( Vega 琴座の織女星 )とアルタイル( Altair わし座の牽牛星 )は
> 15 光年離れている。
> 光は、一年に1光年しか進めないから、単純に考えても、7.5 光年かかる。
> よって、ふたりは1年に一度逢えないのだ、と言われたことがあります。
> ロマンティックな気分が、吹き飛びました。
> 愛は、時間も空間も … すべてを超えるんです!
さて、難しいことになりました。
私たちからみると、7.5 年ですが
光速に近いスピードで走っている当人たちにとっては
もっと短い時間のような気がします。
愛は、時間も空間も、、、縮めてしまうんです??
高橋徹より
2007年07月06日
岩田様
>名古屋に居た頃、頭の中では東西が逆転していました。
私は、方向音痴ではないと思うのですが、
名古屋では東西南北が混乱していました。
東海道本線や,山陽本線は東西に走っているという
固定観念があったのですが、
名古屋駅のあたりでは南北なんです。(北が大阪、南が東京方面 )
頭では理解していても、なかなかピンとこず、よく間違えました。
名古屋から三重を通って大阪に向かう近鉄特急は
南向き( JRでは東京方面 )に出て行くのです。
いつも????でした。
高橋徹より
2007年06月17日
Re:考えて、考えて、考え抜けば…、その2
> 脳も「 筋肉 」でできているんですよね。
> でしたら、脳をその使い方によって、洗練させると考えてよろしいのでしょうか?
脳は「 筋肉でできている 」とは、言えないかな。
スポーツなどで、練習すると上手くなるのは、
筋肉に命令を下す脳を鍛えている、ということでしょうね。
( もちろん命令の通りに動くことができるように、
筋肉自体を鍛えることも重要です。 )
私は、学生にこんなことを言います。
「 スポーツや楽器の練習も、結局脳のトレーニングをしているんだ、
勉強との違いは小脳か大脳かの違いだけ。
スポーツは練習をしないと上手くならないのは、みんな知っているのに、
勉強にもこれが必要なことは、あまり理解されていなくて、
それをやろうとすると、詰め込み教育などといわれてしまう。
授業を聞いただけで、勉強ができるようになると思ったら大間違いだよ 」
そうすると、
“ どうしてスポーツや楽器の練習は、みんな頑張ることができるのだろう? ”
という大問題につきあたります。
この話を始めると終わらないのですが、
スポーツや音楽の共通点は、あるとき「 できた!」とか、
「 試合に勝った 」という達成感でしょうか。
勉強ではこれが分かりにくい。
そういえば最近「 脳トレ 」が流行っていますね。
私も xx-DS を娘と取り合いしながらやっています。
( 昨年のクリスマスプレゼントは、これと、スーパーマリオのソフトでした )
テレビでもデジタル放送の双方向通信を上手く使った番組があります。
やっていることは、トレーニングの結果を点数化して
○ 過去の結果と比べる。
○ 他の人と競争する。
ということのような気がします。
アレレ、これを文科省がやろうとすると批判されて、ゲーム会社がやると売れる?
分からなくなったので、話題を変えましょう。
> 小柴先生の、特に「 考え抜き 」という部分は、
> 常人( 僕 )にはとても跳び越せないような、
> 非常に大きなバリアーを表現しているような気がします。
> すごい努力が必要と言うよりも、
> すごく努力できる能力こそ必要かなと思えてきます。
その通り!だと思います。
「 天才とは努力する才能である 」という言葉がありますが、
その意味は岩田さんの言われたことですよね。
小林秀雄がそんなことを書いていたことを思い出しました。
高橋徹より
2007年06月13日
皆様、この話になると、返事が長くなります。
> 先生は、「 不思議 」という感覚を「 脳の働き 」に置き換えられるんですね。
いやいや、「 不思議 」は、やはりその通り受け取りますよ。
「 我々の知識と能力が及んでないので不思議と感じる 」場合と
「 偶然が重なって( つまり確率の低いことが起こったので )不思議と感じる 」
という二つがあると思っています。
天満さんの話にあった
“ 思わぬものが、思わぬこととつながっていると「 不思議 」 ”
… これは後者
“ あるきっかけが、全くちがった出来事を引き寄せると「 不思議 」 ”
“ 全く異なったものに共通点を見つけると「 不思議 」…。”
この二つは私の感覚では「 不思議 」なことが起こったというよりも、
「 面白い 」ことが起こったという感じです。
そういえば、以前私が「 面白い 」を連発するので、
天満さんが戸惑ったことがありましたね。
このあたりの感覚の違いが原因でしょうね。
もちろん、「 不思議と感じる 」とは私たちの脳がどのように反応した状態なのか?
という問題は残っていますけど、、、、これが天満さんの言われる
“ 「 不思議 」という感覚を「 脳の働き 」に置き換える ”
ことに近いかな。
高橋徹 より
2007年05月30日
天満様
メール拝読しました。
「 物理屋往復書簡 」が始まったきっかけにしてもそうですが、
不思議な縁というのは、あるものですね。
私は、科学を本業としていますので、客観性ということを重視しますが、
世の中で起こった不思議なことには、
現代科学が、人の感覚に及ばないことが、多々あると思っています。
特に、感覚 … 結局これは人の脳の働きということになりますが、
これは今の私達の知識ではとうてい理解できません。
実は、今日もそんなことを考えていました。
ちょっと長くなりますが、、、、
昼休みに時間があるときは、大学周辺を歩くのですが、今日はその日でした。
歩きながら頭に浮かんだのは小柴先生の言葉、
天満さんもよくご存じだと思いますが、
「人間、考えて、考えて、考え抜けば、山勘も良くなる。」
です。
これを聞いた人の多くが、前半部分( 考えて、、、)の意味を
忘れているような気がしてなりません。
考えて、考えて、考え抜くことによって、
脳の回路( ニューラルネットワーク )が鍛えられているのです。
スポーツや楽器の練習などで練習を繰り返すのと同じです。
その上で、山勘を働かせるというのは、
決して単なる当てずっぽうではありませんね。
練習に裏打ちされた、非常に複雑な論理的な思考が
無意識のうちに行われているのだ、と私は考えています。
そのことを本人が意識していないのが
「 山勘 」という表現に表れていると思っています。
この無意識に行われている論理的思考
( 実は、これが行われているというのは、私の山勘です。 )を、
科学的に解明できたら、
きっとノーベル賞( どころではない、人類社会を変えてしまう )だろうな、
と散歩しながら考えていました。
以前、脳理論にも少し手を出したことがあると言いましたが、
その動機はこんなところです。
小柴さんは将来孵(かえ)るかもしれない、卵を持っておけとよく言われますが、
この卵は孵ることはないだろうな、と思いつつまだ持っています。
高橋徹より
2007年05月23日
皆様
この話で私も思い出しました。
私が学生で KEK にいた頃、やはり警備員室ところに
マムシがでた、と張り紙がありました。
私の記憶が正しければ、マムシが見つかったのは、
実験室の地下 4 階、つまりトパーズ測定器のあるところ
だったのですが、、、、
( 今そこには、B ファクトリーの測定器があります。 )
研究等から実験室まで歩くことも多くありました。
その途中で、マムシに出会うことはありませんでしたが、
アオダイショウには何度か会いました。
頭の上を、カラスの大群が飛んでいることもよくありました。
あれから 20 年近くになります。今はどうなのでしょうか…?
高橋徹より